印刷は、ヨハネス・グーテンベルクが発明したものではない、ということは知っていましたか?実は、活版技術のアイデアを思い付いたのもグーテンベルクではありません。実際のところ、グーテンベルクが法的争いに頻繁に巻き込まれ、1468年にこの世を去った時には、わずかな金銭と栄光を残しただけだったのです。

それにもかかわらず、現在ではヨハネス・グーテンベルクは歴史上最も有名な革新者だと考えられており、それは彼の傑作である印刷機のおかげです。この印刷機があったからこそ、彼の物語や、他の数千の人々のストーリーを紙に記録することができるようになったのです。

グーテンベルクが発明した印刷機は、世界で初めて文学を大衆に効果的・持続的な形で広め、ヨーロッパを最初の情報化時代に突入させました。それがあの「ルネッサンス期」です。

西暦600年頃、数多くの単語の木製ブロックを使ってテキストを紙に押しつける、もしくはこすりつける印刷工程を中国人が開発しました。中国ではその数百年後に、ページごとに文字を取り替える活版方式が発明されましたが、中国語には1万以上の常用文字があったため、この手法は大変手間がかかり、普及しませんでした。一方、朝鮮半島では、金属による植字が生み出されましたが、中国と同じような成り行きを辿ったそうです。こうしたアジア言語に比べると、英語は活版に最適でした。

 

15世紀初頭、あらゆる英文テキストは手作業で複製するしか方法がありませんでした。それが、文章へのアクセスを制限された、新興の教養ある中産階級を立腹させたのです。そこで、ドイツ人のヨハネス・グーテンベルクは、本の大量生産に潜在的利益を見いだし、印刷工程の研究を開始したのでした。

グーテンベルクはアジアの組版技術、調合を見直した油性インク、ヨーロッパ中の農家が使用するオリーブとブドウ用のスクリュー式圧搾機を基にしたデザインによって、彼の名高い印刷機を作り上げました。グーテンベルクの文字型は、合金製で非常に耐久性が高く、これが歴史上最も重要でクリエイティブな功績となりました。

グーテンベルクによる新たな印刷方法は、依然として時間がかかるとはいえ、従来のどんな手法よりもはるかに効率的でした。テキストのページごとに、ひとつひとつの文字が植字トレーに配置され、この工程は丸1日かかることもありましたが、この植字トレーを繰り返し利用してページのコピーをたくさん作ることが可能で、金属の文字を無駄にすることなく組み替えて別のページに使えたことにより、初めて大量生産が実現されたのです。

 

そして1455年、グーテンベルクは初の大規模印刷として、挿絵入りラテン語聖書200部の印刷を成し遂げました。この本は最後のページが完成する前に、早くも予約販売で売り切れたそうです。

歴史家たちによると、ルネッサンスの動きが高まった大きな理由のひとつは、印刷機にあるといいます。とりわけ、主流の学術出版物が読めるようになったことにより、今までになく迅速に新しいアイデアが刺激され、伝播しました。1517年に、マルティン・ルターが最初の『95か条の論題』をあるドイツの教会の扉に貼り出すと、膨大なコピーが製造され、こうして宗教改革が始まるきっかけとなったのでした。